架空の犬と嘘をつく猫

寺地はるな著/中央公論新社/2017年12月
著者6冊目の書き下ろし長編小説。とある家族の、1988年からの30年間を描く面白い試みで、最終章が本書刊行時点からすれば「未来」である2018年5月、というのが最大のミソだろう。つまり、未来への希望を高らかにうたっているのだ。
子供はいつだって無邪気で楽しい、なんてことはさらさらないのであって、おそらく多くの子供は子供であるが故に辛くて悲しい。自分のことなのになにひとつ自分で決定できない、常に「親」と呼ばれるひとたちに保護され規定される日々。この小説は、その半分以上が、そういうつらさを丹念に描く。なにしろ、小説の冒頭からして「この家にはまともな大人がひとりもいない」というフレーズで始まるのだ。8歳の少年主人公がすでに「まともな大人」に欠如していることからスタートする物語。これはいったいどういう結末を迎えるのだろうかと、どきどきしながらページを繰った。
出張中の新幹線車内で一気に読み終えた直後の感想としては「スケールアップしたなあ」。30年という、人間の一生のなかではそれなりに長いスパンをこうも丹念に説き起こされると、登場人物たちのあれこれはもはや他人事とは思えないほどのリアリティをもって迫ってくるし、結果、誰に対しても慈しみのまなざしをもって眺めてしまう。その説得力の強さたるや。

わたしは著者の作品のなかでは『ミナトホテル』が一番好きと以前書いたことがあるし、今でもその感想には変わりはないが、本作はもしかするとそれに次ぐかあるいは同等くらいで好きかもしれない。『ミナト』は折に触れて何度も読み返したくなる魅力があって、本書の場合そこまで何度も、というにはどうかなとも(現時点では)思うのだけれども、少し時間をおいてみるとまた違った感想を持つかもしれない。ここ数作でちょっと鼻につくなと思っていたある種の「説教臭さ」がほどよく回避されているのもいい。
小説家、というか「お話をつくるひと」として、またひとつ新しいステージを迎えた感があるけれど、そのうちあっと驚く「物語」を見せてくれるかもしれないという期待がここにきて急激に高まった。これからがますます楽しみです。