The SECRET of KELLS

ブレンダンとケルズの秘密
トム・ムーア監督作品/2009年/フランス・ベルギー・アイルランド合作
 
関西初日、大阪・梅田で吹き替え版と字幕版を連続して観てきた。いやあ、面白かった。
アイルランドの国宝「ケルズの書」の成立にまつわる神話的エピソードをダイナミックにアニメーション映画化した本作は、昨年日本公開された『SONG of the SEA 海のうた』よりも以前に作られた、トム・ムーア監督の商業長編デビュー作…のはず。映画としての完成度はさすがに『海』の方が高いのだろうが、作品に込められた熱量はこちらの方が濃度が濃い…と感じた。
吹き替え/字幕版はどちらも長所短所があって、こればかりは「両方観てください」としか言い様がない。画面の緊張感を孕んだビジュアルをいっさい邪魔しないのはやはり吹き替え版だが、音声のセリフだけでは把握しきれない言葉の意味なんかは、言葉として字幕に表されることではじめてわかることもあるからだ。古代アイルランドの伝承や神話・伝説のあれこれなどに精通しているひとの方が少ないだろうから、まあ仕方の無いことでもあるんだけど(なので、物語をしっかり把握した後ならば、オリジナル版で鑑賞するのが一番かもしれない)。
実は、わたしは昨年『海』を観た直後に本作のDVD(英語/仏語字幕版、当然日本語などどこにも出て来ない)を購入していた。英語字幕で鑑賞していて全体のアウトラインはなんとなく把握していたつもりだったが、やはりきちんと翻訳されたものを観ると、全然わかっていなかったんだなあと思うことしきり。
 
最大のハイライトは、やはり主人公のブレンダンがただひとりクロム・クルアハと対峙するシークエンスだろうか。あのシーンは何度観ても手に汗握る、アニメーション映画史上としてもかなり上位にランクされるに違いない名場面ではないかと思う。写字師、という役職を得ている主人公少年ならばこその戦い方であり、また、ここは映像作家・アニメーション作家としての監督の思い入れもたっぷり詰まった展開のしかたであった。
そういう意味では、この映画の見どころは他にもたくさんあるし(もちろんエンディングだって息を呑むほど美しい)、いずれのシークエンスもまさに“アニメーション”でしか表現し得ないだろう説得力に満ちあふれていた。近年の、時に実写と見まごうばかりの(というか実写以上のリアルさを追い求めている)日本製アニメーション作品では決して体験することのできないセンス・オブ・ワンダーが、そこかしこに詰まっている。現在の、商業ベースの日本人アニメーション作家でこういった作風に堂々と拮抗できるのは、たぶん湯浅政明さんぐらいじゃなかろうか。映画が映画として成立する必然性、同時にそれがアニメーションでなくてはならない必然性。それらをとてつもない強度をもった説得力として提示できる映像作家。トム・ムーアというひとは、わたしにとってはアニメーション界の新しいヒーロに思えてしかたがない。この作家がこれからどのような世界観を提示してくれるのか、いち観客としてはとにかく楽しみなのであります。