クラン・コラ・ブログ:モザイク雑感

大嶋さんらしい名文だなあ。

プランクシティ史観」というか、大嶋さんを含むある世代の方々(ブラックホークに出入りしていた人たちとそれは重なるのだろう)は、つまりアンディ・アーヴァインの「子供たち」なのね。とすると、そんな彼らの解説や翻訳に助けられ導かれた、もっと若い日本のアイリッシュ・ミュージックファンは、アンディの孫か曾孫になるのか。

言いかえれば、モザイクは四半世紀にわたるモダン・アイリッシュ・ミュージックの展開の一つの帰結だ。現時点での「究極の」アイリッシュ・ミュージックなのだ。これがあることによって、たとえば先日来たショーサヴ・オ・ニャクタンのシャン・ノース・ダンシングが支えられているのだ。逆ではない。

スパイラルがぐるっとひとまわりしたのなら、ステージは、ひとつ上にあがってるはずだ。ショーサヴの過激にフリーリィなステップは、つまり、その一例。
…ということを我々が「わかる」ようになったのも、もとをただせば、アンディに行き着く…ということになるのかな。ま、それはそうかもしれない。けれど、この史観、いつまで通じるか。