「事実」と「創作」のあいだ

しつこく「はやぶさ」話。


それにしても、もういいかげんあのブームも終焉だろうと思ってたら、今年になってもはやぶさ関連本がどんどん出てるのにはびっくりした。まあ、映画が3本も相次いで公開されるので、それを当て込んでいるのだろう。さすがにもう全部を追いかける気にはなれないが、それでも新たに3,4冊ほど買ってしまった。そのうちのひとつ、川口教授の『はやぶさ 世界初を実現した日本の力』(日本実業出版社、2012年2月)が面白かった。
テレビ特番や映画の題材として、さまざまな切り口で取り上げられた「はやぶさ」だが、それら<二次創作>(…とは言わないか)を見て、それを全て事実だったと思い込んでしまっている人たちが少なからずいるそうで、教授は講演のたびに「映画は作り話なんですよ」と付け加えるようになったとか。この本は、はやぶさ計画のスタートから現在までを語りながら、随所に『HBTTE』『20世紀FOX版』『東映版』『松竹版』の4つの映画と、NHKのドキュメンタリー番組『追跡!A to Z』 (このDVD化が『小惑星探査機 はやぶさの軌跡』だったはず。なお、同じ取材素材も使い回しつつ、イトカワ微粒子の解析など、その後の研究成果の紹介を含めた番組がEテレコズミックフロント』シリーズのひとつとして2011年7月に放映され、こちらも先日DVD化された。したがって、NHK発のはやぶさDVDは現時点で2タイトルある)の計5作品を引き合いに出し、「あれは事実を再現、これは事実じゃない」と逐一解説を加えたもの。松竹版はまだ公開されてないので若干ネタバレじゃあ、と思わぬでもないけど、「事実を土台にしたフィクション」というものを当事者がどう見ているのか、とてもよいサンプルになっている。
商業映画3作品はまあ娯楽作品だし、よくわからん人間ドラマを無理矢理押し込んでるし、事実関係が少々嘘っぱちでもまあしょうがないよね、と思っていたが、ドキュメント番組である『追跡〜』や科学映画『HBTTE』にも事実と大きく異なってる部分があるとはおどろいた。しかもこの本によれば、それはけっこう重大な箇所であるらしい。だったら申し入れて訂正してもらえればいいのに、という気がしないでもないが、まあそれはともかく。
ていうか、起こった事象はひとつでも、それをどう受け止めるかは人それぞれで、プロマネの立場とそうでない人ではものの見方が違って当然だし、プロマネの解釈だけが100%の真実でもあるまい。だからこそ「創作」が入り込める余地があるのだし、「創作が事実よりもリアリティを獲得する」可能性だってあるんだし。
ま、逆に、「事実は小説よりも奇なり」でもあって、はやぶさの場合はまさにこのフレーズが似合う一件だった。だからこそ娯楽映画版の3作品に「よけーなお涙頂戴ドラマは要らねーんだよ、ケッ」と言う人は多いと思う(わたしも、どちらかというと、そっち派だ)。
ともあれ、「事実」と「創作」のあいだに何が起こっているか? に関心があるひとにとっては、これら一連の「はやぶさ物語」はとてもいい研究対象になると思う。とにかく関連本も関連映像も氾濫といっていいくらい出回っているので、その中から「事実だけ」を抽出して読み取る訓練、逆に、「事実」を上手に利用して自分なりの説話を「創作する」訓練、どちらでも可能だ。その手がかりとして、川口教授の新刊はとても役に立つ一冊だと思う。