パコ・デ・ルシア 灼熱のギタリスト

2014年/スペイン映画/クーロ・サンチェス監督作品

パコ・デ・ルシアの名前をはじめて聞いたのは—おそらく多くの日本人がそうであるように—アル・ディ・メオラジョン・マクラフリン、そしてパコとのユニット<スーパー・ギター・トリオ>だった。地方都市のギター好き高校生の間でさえライブ盤LPレコードの評判はよく知られていて、なにせそんじょそこらのロックギタリスト以上の熱気と超絶技巧の早弾きがレコードのそこかしこに充満していたのだから、誰もが夢中になるのは当然だった。アル・ディ・メオラパコ・デ・ルシアのどっちが凄いか、などと目を輝かせながら語り合っていた記憶がある(当時のアルは、チック・コリアのリターン・トゥ・フォーエバーの参加などで、日本ではパコよりも知名度があったはずだ)。

本作は、パコの長男であるクーロ・サンチェスが2011年から撮り始めたドキュメンタリー映画。2014年に主役が心臓発作のため急逝するまでに自身の生涯を語ったインタビューをもとに、過去のテレビ出演やライブの様子など、豊富な映像を使って構成されている。

衣料品販売のかたわらセミプロのフラメンコ・ギタリストとしても活動していた父親をもち、幼い頃から音楽への才能を見せていた。父親はパコの兄にギターを教えようとしたが、横で聴くだけだった弟の方が覚えが早かった。父親の演奏でリズムがずれている箇所を即座に指摘するなど、リズム感は天性のものがあったという。兄の方は歌手になり、未成年ながら兄弟であちこちで演奏しはじめる。
ギターがなければ自分の殻に閉じこもったままだった、と彼は言う。彼以上に無口で内向的だった歌手カマロン・デ・ラ・イスラのことを「天才だ」と評するが、自身のことは天才ではなく努力の人だ、としている。幼い頃からリズム感は素晴らしかったが、メトロノームを使い正確なリズムを刻むべく努力したのだ、とも。

フラメンコではじめてジャズのような「即興演奏」を試みた。今ではフラメンコになくてはならない楽器となったカホンをはじめて取り入れたのもパコとそのグループだった。そのようにして伝統的なフラメンコ界に次々と革新的な試みをもたらすものだから、保守的な層からは「あれはフラメンコではない。ただテクニックだけだ」などと糾弾されてきた。そんなネガティブな評価も、フランコ独裁政権が終わる頃にはほとんど聞かれなくなってゆく。



多少の前後の入れ替えはあるものの、映画は基本的には生涯を時系列に沿って追ってゆくので、おおむねわかりやすい作品ではある。しかし、スペイン近現代史のアウトラインだけでも頭にあると、なお良いかもしれない。もちろん、フラメンコ史や偉大な先人たちの功績を知っているとさらに楽しめるはずだ。そのあたり、わたしにはかなり曖昧な知識しかないので、もうちょっと予習しておきゃよかったなあ、と思ったが。たとえば、パコのドキュメンタリー映像であればパコの本名である『フランシスコ・サンチェス』というタイトルの2枚組DVD(日本盤はユニバーサル/UCBU-1004/5、2003年)を持っているのだが、ちゃんと観ないまま長い間ほったらかしになっていたのだ。帰宅して、いま、それを観ながらこれを書いているんだけど、さっきまで観ていた映画とは全く違うアプローチで作られていて(たとえばメキシコでの暮らしぶりなどもたっぷり描かれている)、たいへん面白い。

ともあれ、繊細で職人気質とも言えそうな人となりが存分に描き出されているだけでも興味深いが、やはり演奏場面の映像はただただ圧倒されるし、エロティック、とさえ呼びたいほどの音色にうっとり浸っていられるだけでも至福である。