この世界の片隅に

片淵須直監督作品/2016年
こうの史代原作の同題の漫画作品のアニメーション映画化として、封切り前から話題になっていた映画。公開初日の朝一番の回に出かけた。もともと上映館が少なかった(関西では梅田のシネルーブルくらいじゃなかったっけ)のだけれど、前評判の高さからか京都でも上映されたのは素直に嬉しい。イオンシネマ京都桂川の、わりと音響にこだわった部屋らしく、スクリーンもとても大きかった。幸いにしてど真ん中のかなりいい席が取れて、視聴環境としてはこの上ない。


後半、悲劇が起こる直前当たりからの<世界が変わってしまう>十数分間は、特に際立っていた。あの場面はおそらく映画史上に残るだろう、とまで思った。アニメーションならではの技法でもあるが、アニメだ実写だ特撮だという細かいジャンル分けはヌキにして、「映像表現」としてただひたすら残酷なまでに美しい。このパートを観られただけでも早朝から足を運んだ甲斐があったと感じた。

この映画は「説明」をほとんどしない。テロップとしては○年○月、という日付が入るのみ。ということもあって、登場人物の人間関係が少々わかりずらい。特に映画序盤は、小さなエピソードが次々に起きるので、なんだかよくわからいままだった。原作漫画ならいったん立ち止まってもういちど前のページを読み直したりできるんだけど、映画だとそれができないので、ちょっと置いてきぼり感があった。テンポがよい、といえばその通りなんだけど、序盤はもうすこしゆっくりとした描写でもよかったのではなかろうか。どんな映画/ドラマでもそうなんだろうけれども、冒頭からいきなり物語世界の中に没入させるためには相当な工夫が必要なんだと思う。じゃあこの映画の場合どうすれば良かったのかと問われると、途端に口ごもってしまうのではあるけれども。




 
(後刻追記)
あの戦争の時代を実際に生きていたわたしの老いた両親に自信を持って薦められるかどうか、と映画を観ながらずっと考えていた。残念ながら序盤のテンポの早さ/場面切替の多さには、たぶんうちの親はついていけそうにないな、と思った。なので、上では<少々わかりずらい>と評した次第。若い観客にはたぶんこのくらいのテンポでないと「間延びする」と思われるのだろうな、とも思うが。
実は監督はテレビシリーズ向きだと言っているそうで、それにはわたしも全く同感。この作品は2時間という短い枠ではなく、半年なり一年なり、それなりのゆったりとしたスパンで登場人物をじっくり描写するのが向いているのではなかろうか(原作漫画の連載がまさにそうだった)。ドラマが後半に向けてどんどんテンポアップするためにも、物語のはじめはともすれば退屈と感じられるほどのたっぷりとした「時間」が必要なのだと思う。

映画ができるまでの数々の困難、クラウドファンディングを利用してようやく制作に向けて動き出すことができた事実などは、公開前にたくさん出たパブリシティや(通常なら公開後に出版されるはずの)公式ガイドブックや絵コンテ本といったたくさんの関連商品を読んでいたのでもちろん知っている。なのでここでわたしが言っていることは、現実を無視したただの理想論ではある。
だが、空想ついでに言うけれど、今のテレビ界隈で半年かけて登場人物の成長物語に熱心に寄り添ってくれそうなのといえば、NHKの朝ドラくらいしかないだろう。主演女優つながりではないが、朝ドラ初の試みとしてアニメ「この世界の片隅に」を放送する、ってのはかなり面白い試みじゃないかと思うんだけど、どうだろう。