神聖なる一族24人の娘たち

2012年/ロシア/アレクセイ・フェドルチェンコ監督作品
モスクワからおよそ640キロほど東にあるマリ・エル共和国。その独自の文化的特質をふんだんに取り入れたファンタジー…いや、ドキュメンタリー?…ではないな。「説話」とか「民話」という語の方がしっくりくるな。
映画の告知ポスターを見たのは今年の夏頃だったか、民族衣装を身に纏った女性たちのポートレート写真が並ぶお洒落なデザインに惹かれ、以来気になっていたのだ。内容とは関係なくこれは観に行かなきゃなるめえな、とすぐに思った。なにせロシア連邦内の少数民族ものなんて滅多に見る機会はないからだ。で、年末ぎりぎりになってようやく京都みなみ会館で鑑賞することができた。

邦題から、大家族のお話かと思っていたんだけど、そうではなかった。<一族>とは一家族のことではなく、マリ人というひとつの民族のことだった。帝国時代から長くロシアの支配下におかれていたが、マリ語はフィン・ウゴル系であり、宗教観や自然観なども独自のものがあるという。映画に登場する女性たちはすべて“O”からはじまる名前で統一されており、短いもので1分くらい、長いものでもせいぜい10数分くらいのさまざまなエピソードがひたすら続くという構成になっている。個々のエピソードが最終的にひとつにまとまるのかと思ってたけどそうではなく、しかしそれぞれの話の根底にはすべてマリ人たちの信仰や伝承がしっかりと根付いていて、それが映画の大きな幹となっている。
オチのついた笑えるエピソードも中にはあるが、大半は人生のほんの一瞬を切り取ったかのような詩的な映像で、中には語られるだけで劇中には登場しない女性もいる。エロティックなシーンが多めなのは「女性」を主役にしているからでもあるのだろうけれども、いくつかのエピソードで殺人/自殺あるいは死者が甦えるなど「死」が扱われていたところから、大きく「死生観」をテーマにしているがゆえなのだろう、と思った(ちなみに予告チラシやパンフレットには<ロシア版「遠野物語」や「アイヌ民話」のような>というフレーズがある)。

起承転結や勧善懲悪といったわかりやすいドラマはないが、しかしここにはもっと大きな<ひとがこの地で生きてゆくということ>という物語がある。雪深い新年から四季をめぐって次の冬まで、丹念に撮影された映像も美しい。全編を観終わってなんともいいがたい余韻が残る、いい映画だった。

【20171028.追記】
ブルーレイディスクが届いたので、およそ10ヶ月ぶりに見返した。理不尽な伝習や古い因習に囚われた人々の物語…という風に観ることもできるのだろうが、そもそも人間社会というのは別の文化圏から見ればはなはだ理不尽かつ不合理な暮らしを死守しているものだ。たとえばアメリカ合衆国が未だに銃の呪縛から逃れられないとか、あるいはわが日本でも、たとえば憲法九条を頑なに固守する層の存在を、摩訶不思議に思う人がいることだろう。外部から見ればほとんどギャグのような“神話”であっても、当事者にとってははなはだ切実な“現実”なのである…ということを、この映画は語っているのではないか。映画館ではじめて見たときには大いに笑っていたシーンの数々が、自宅のテレビで再見したときにはなんだかすごくしんみりしてしまった。昨今ダイバーシティとかなんとか言われているけれども、たとえばこの映画をどう評価するかってのは人によって大きく異なる、つまりはかなり大きな試金石になり得るのかもしれない。