黄金のアデーレ

2015年アメリカ・イギリス映画/サイモン・カーティス監督作品

クリムトに関する映画、という前知識だけで観に行った。てっきり画家グスタフ・クリムトをめぐる、ウイーン19世紀末のドロドロした愛憎劇の映画かなにかと思っていたのだ。これが実話を元にした現代の物語であることなどまったく予想していなかったし、そもそもそういう実話があったことすら知らなかった。美術好きなら常識だったんだろうか。日本でも一般ニュースになっていておかしくないほどの大きな話題のはずなんだけど、さっぱり記憶にない。
導入部分で画家クリムトが制作している場面が少しだけ映るけど、本編は1998年のロサンジェルスから始まる。オーストリア国立美術館が所蔵しているクリムトの名画が、実は本来の所有者は私だとロス在住の老婦人が言い出す。彼女の弁護人を引き受けたのは彼女の友人の息子で、実はかの作曲家シェーンベルグの孫。なんだこの設定、とか思ってたんだけどこれも実話らしい。
ナチスが侵攻する時代の、かつてのウイーンの再現シーンが素晴らしい。主人公マリアは家族や財産を含め全てを奪われ命からがらアメリカに逃げてきたので、絵を取り戻すためとはいえ辛い思い出ばかり残るウイーンに渡ることを嫌がっていたのだけれど、再現シーンはその心情に至った理由・背景を冷酷なまでに描写する。
もちろん今さらクリムトの絵を手放すことは美術館にとっても死活問題(なにしろその絵は今や「オーストリアモナリザ」とまで呼ばれ、時価も当代トップ5に入るとか言う名画なのだ)で、オーストリアの文化大臣まで出てきて懸命に抵抗する。いくつかの裁判シーンでの駆け引きも見応えがあったけど、オーストリア側の心理なんかはもう少し掘り下げて観てみたかった気もする。まあ、そこまで描いたら物語として多少とっちらかるだろうし、映画としてはこれで十二分に語られているとも思うけれど。

先に実話としての認識が全くなかった、と書いたけど、実は映画館でチケットを買う時もタイトルすらよく見ていなかった。受付で黄金の、とだけ言って買い求めたんだけれども、映画が終わって帰り際にポスターを観たら、日本版の副題ってこれネタバレじゃん(この記事には書かないけど)。原題の《WOMAN IN GOLD》、あるいは『黄金のアデーレ』というタイトルだけで充分だったのでは?
ともあれ、先に観た『FOUJITA』もそうだけど、戦争と美術を巡る良質の映画にまたひとつ出会えたのはなにより。実に重く、また泣かせる物語でもあるのだけれども、上品なユーモアを交えた脚本と俳優陣の親しみのある演技のおかげで、明るい印象が残る映画だった。映画化のきっかけとなったのはBBCのドキュメンタリーだそうで(なのでクレジットにBBC FILMSが入ってる)、その元ネタ版も観てみたいなあ。